桜詣

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☆  あれは僕が小学生にもならない子供の頃。  祖父母の家へ遊びに来ていた僕は、とにかく高いところへ登りたくて、山の中に踏み込んだ。  両親や祖父母に禁じられていたにもかかわらず。 「山には、山守の神様が住んどるけん、人間は近づいちゃいけんよ」  祖母は、いつもそう言っていた。  案の定、道に迷った。  上に上に進んでいるつもりなのに、いつの間にか谷に降りていたり、谷から逃れようとすると、尾根へ出てしまったり。  方角も上下左右すらも判らなくなってしまった。  日も西に傾き始め、夕暮れが近づいていた。  途方に暮れた僕は、とりあえず目についた、花を満開にさせている山桜を目指した。  山頂近く、今を盛りとばかりに咲き誇っている山桜。  町中のソメイヨシノやしだれ桜とは開花時期が違うのだろうか?  凛として誰も見る人のない山間で咲き誇っている。  幼い僕は疲れ果て、その山桜の木の下で、蹲り寝込んでしまった。 (坊、坊、起きいや。こんなところで寝ておると風邪を引くぞえ)  柔らかく、優しい声が頭の中に響く。  眼をこすりながら起き上がると、淡い桜色の着物を着た美しい女性が立っていた。 「あなたは、だあれ? 僕は…」 (森の怪異に囚われたのかえ? 大丈夫、夜が明ければ人の世に戻してあげるから…)  頭の中に直接、言葉が届く。 「ありがとう。でも、僕はあの山の向こう側が見たいんだ!」 (うふふ、元気な坊だこと。でも今は真夜中、登っても何も見えませんよ? 朝までゆっくりここで体を休めなさい) 「…それもそうだね。でも、お姉さんの迷惑じゃ…」 (童がそんなことを気にするものではありません。  でも、坊のお祖母さんやお爺さん、ご両親が心配してることは忘れないでね?) 「う、うん…」  闇夜にもかかわらず、桜のはなびらが舞い散る様子が見て取れた。  夜目にも美しい、桜のはなびらが僕の体を覆ってくれた…。  翌朝、麓の町の消防団や警察に発見された僕は、祖父母、両親からしこたま怒られたことは、言うまでもない…。
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