5月の桜

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桜が咲く時期を春というならば、北海道の春は5月になるだろう。 4月の終わりから徐々に咲き始め、ゴールデンウィークには見ごろを迎える地域が多い。 川谷は列車を降りて、自宅に向かって歩き始めた。 仕事で残業をしていたため、すでに夜10時を過ぎていたが、翌日は休暇のため足取りは軽かった。 4月最終日で徐々に北国にも春が訪れており、あちこちで桜のつぼみがほころび始めている。 川谷は夜桜でも見ようと思い、少し遠回りになるが自宅近くのA公園を歩いていた。 公園をぶらぶらと歩いていると、ふと、1本の桜の木の根元に男がいるのが見えた。 スコップを持っており、土を掘り返す音が聞こえてきた。 川谷は急に、「桜の木の下には死体が埋まっている」という都市伝説を思い出した。 まさか公園に死体なんか埋まっているわけないだろう。だがこんな夜中に何をしているか。 川谷は薄気味悪く感じたが、引き返すのも不自然だし、そのまま通り過ぎようと考えた。 だが、男の方が気づいて声をかけてきた。 「こんばんは。こんな所に人がいて驚いたでしょう?」 「こんばんは。……あの、何をされているんですか?」 川谷は怖くも感じていたが、この男が何をしているのか興味もあった。 「あぁ。この木の下にはね、ある人の大切なペットが埋まっているんです。僕はそれを今掘り返そうとしているんです」 川谷は思わず黙ってしまった。背筋が冷たくなる。 「桜の木の下には死体が埋まっているって言いますよね」 男は頭上の桜のつぼみを見つめながら続けた。 「桜が美しいからそう思う気持ちも分からなくないですよね。でもここだけの話、埋められた死体はね、桜に養分を取られて、カラカラの干物みたいになってしまうんですよ」 仮に死体を土に埋めたって、乾くのではなく腐敗していくはずだと川谷は思ったが、とても口に出せなかった。 「さぁそろそろお帰りなさいな。だんだん風も出て冷えてきましたしね。風邪でも召されたら大変だ。……もしね、僕がここでなにをしていたか気になるなら、また明日この公園に来てくれたらきっと分かりますよ。それじゃお気をつけて」 男はまた土を掘り返し始めていた。 川谷は歩き出した。振り返ることもしなかった。 ただただこの場を一刻も早く離れたい。その思いで足を動かしていた。
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