3弁 「彼女」

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 桜の香り、って言うけれど、お花見の場合、屋台の焼きそばの匂いとか、射的屋さんの火薬の香りとか、皆が食べてるお弁当の匂いとかも含めて「桜の香り」だと、私は思う。こういう、普段混ざらない様な匂いが一緒になるのって、桜がこんなに綺麗で、人間のみんなに愛されているおかげだから。全部ひっくるめて、「桜の香り」。 「ああ、その『桜の香り』にたこ焼きも追加していい?」  隣にいる拓人君が、ちょうど横にあるたこ焼き屋さんを覗いた。  こうやって二人で歩くのを、何回夢見た事だろう。  思い返せば、全部四年前のあの日が始まりだった。  あの日。中学校の、卒業式。 「二組の拓人っているじゃん? あいつ玲奈の事好きみたいよ。」  将来いつ使うか分からない数学にすっかり頭がやられてた五校時目、休み時間に入ってすぐ、離れた席の美香がやって来て、そう言った。  拓人君って、どんな人だっけ。霧がかかってるみたいで、顔を思い出せない。 「ほら、バレー部の頭良い人。」  バレー部の、よりも、頭良い人の方が、彼のイメージに合っているみたいだ。頭の良い人で真っ先に思い浮かぶのが、テストが返される日、毎回彼の周りには人だかりが作られていた。  でもなんで、あの人が。  霧は晴れて、顔もばっちり思い出したけど、もやもやはまだ強く残っていた。 「あ、次英語だっけ。ヤバい行かないと。」  そう言って、私のもやもやを残して美香は教室を出ていった。聞き慣れたクラスメートの話し声が、まるでさっきの数学の授業みたいに、頭をするすると通過していく。     
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