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作品は作者を最も現す。かつてそう習い、今でもそう思っている。だとしたらあれは紛れもなく作品だ。あの日、あそこで見聞きした全てが。
「お母さんって何年も美術館で働いてるんでしょ?」
子供が言う。迷子になってよく泣いていたこの子はいつの間にか絵に興味を持ち、近所の美術館にひとりでやってこれるようになっていた。
「うん」
凛子はうなずいた。今年の桜は散るのが早かった。四月半ばだというのに目の前の桜並木にはもう青々とした若葉が茂っている。
「どのくらいの作品見た?」
「何千何万」
「マジ?」
「マジ」
「全部覚えてる?」
「流石に全部は無理。でも忘れられないものはたくさんある」
「やっぱそういうのって名作って言われてんの?」
凛子は首を振った。
「そういうの関係ないよ。だって」
一番忘れられない”作品”は美術館には入らないものだから。あの夕暮れの桜とあのひと。あれは確かに”作品”だ。あのひとの作った作品だ。
一〇年経った今も忘れない。忘れられない。これからもずっと。
「今回の企画、空間デザイナーは櫻木烏夜ってひとなんですか? 聞いたことないけど」
凛子の問いに同じ企画の佐藤は視線をそらした。
「あー、まあ、そうだ」
「どんなデザイナーですか? 実績は?」
「新人だから実績はない」
「実績もないデザイナーを採用したんですか? よくOK出ましたね」
佐藤はにやりと笑った。いつもの自信満々の佐藤だった。
「まあ、完成を見てみろよ。実績がないからなんだと思うぜ」
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