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秋も暮れた日。
作曲作業が終わったのが深夜二時。
喉が乾いたから部屋を出た。
冷たい風を左頬に感じて、窓の方へと目を配った。
「いろ、…ちゃん………?」
仮でも恋人の同室の男が、窓の縁に座って月を見ていた。
正確な円の綺麗で大きな満月が、電気の点いていない部屋を明るく照らしていた。
とても幻想的であるのに、妙に薄気味悪かった。
ふと、いろちゃんが月に向かって手を伸ばした。
体が外側に傾いた。
「……………っ!?」
生まれて初めて本気で走った。
世界記録を更新したんじゃないかと思うほど、速かった。
彼の左腕を引き、後ろへ思いっきり倒した。
そのせいで尻餅をつき、言葉にならない程の痛みに悶絶するも、まだ心臓がばくばくと五月蝿かった。
落ちるかと思った。
死んでしまうかと思った。
抱き締めた彼の体は吃驚する程冷たかった。
瞳は虚ろだった。
その姿に戦慄して、慌てて自室から毛布を取ってきて彼の体を覆うと、更に抱き締めた。
早く温まってくれと祈りながら。
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