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「室伏!ここに銀置いたら有利になるぞ!」
「バカ!ほとんどお前が指図してんじゃねぇか!」
「ハンデは必要だろ!大体最初はほとんど室伏がやってたしー」
「肝心なとこは全部お前が……」
「ところでさ、お喋りしてる暇なんかあるのか?」
ぱちん、と軽い音を立てて俺が小森さんの指示通り今度は金を置くと、鈴木さんはグッと言葉を詰まらせた。
「……参りました」
鈴木さんは悔しそうに頭を下げる。
意外なことにメガネの鈴木さんよりヤンキー風な小森さんの方が強いらしい。圧倒的な力で捩じ伏せてしまった。俺が駒をポンポンととられていたのに彼の助言により驚く勢いで巻き返した。
因みに持ち時間の残りは俺が7分、鈴木さんは1分を切ったところだ。この内、小森さんが使った時間は驚くことに3分程度なのだ。
「な?将棋って楽しいだろ?見ろよ、あの悔しそうな顔。あれを見るために強くなって見下ろしてやるのが最高なんだよ」
「悪趣味な楽しみかた教えるなよ。普通の奴は将棋そのものを楽しんでんだから、勘違いしないでくれよ室伏くん」
鈴木さんは言いながら駒を初期配置に戻している。俺もつられて自陣の駒を並べ直す。
「将棋の楽しさはよく分からないけど、小森さんはかなりのサディストだということが分かりました」
「うわ、なんかエロい響きだな」
「お前は実際そうだろ」
小森さんはケタケタと笑うが、ふと静かな表情をする。
「まぁ感想真剣に言うとだな、俺は今回時間をあまり掛けなかったけどちゃんと理由があるんだぜ。この対局で鈴木の持ち時間はかなり少なくて考える時間はほとんどない。そうなると直感で指すか、こちらの時間を使って考えるしかない。こちらが時間を使わなきゃ相手は焦ってミスが出やすいからそこで攻めたんだぜ」
小森さんは言ってどや顔をする。
成る程、一方的に実力差が大きくあった訳ではないらしい。めちゃくちゃ単細胞な攻めかたな気もするけども。
「にしても水無瀬の奴遅いな」
「鈴木は分かってないな。着替えるついでにウンコしてんだろ」
「小森さんがデリカシーの欠片もないことはよく分かりました」
「はあ!?こんな女子を気遣える紳士になに言ってんだ!?」
小森さんは思い切り吼える。
おいおい、マジで気遣いの一言ならこの人既に水無瀬を何回か怒らせてんじゃないか?
「まぁまぁ。先生か友達と話してんのかもしれないし、来月の大会の案内でも見ない?」
「おお、そうしようぜ」
言いながら鈴木さんがスマホを操作し、小森さんは覗きこむ。見ないという選択肢もあるが二人に手招きされて、断る程の理由もないので俺も小さな画面を見つめる。
簡素なホームページの案内には大会の日取りが書いてあるのが目に入った。
「来月?将棋の大会て随分早いんですね」
俺が言うと、ブルーライトがキツイのか鈴木さんはメガネを外しながら頷く。
「そうだね。ゴールデンウィーク終わってすぐだし。この県大会は盛岡市であるけど、優勝したら全国大会だよ」
「去年は惜しかったよなぁ。もう少しで京都だったのに」
京都。その地名にピクリと反応する。
「今年は全国大会はどこであるんですか?」
「今年?今年はね……」
鈴木さんは画面をスクロールする。
「今年は東京だね」
東京。その響きに頭が晴れ渡る。
渋谷、原宿。アニメやゲーム、鉄道。あらゆるオタクの聖地だ。
先輩は去年の大会を惜しかったと言った。ならば、今年は勝てる可能性もあるのか?団体戦は?
いや、それよりも。
「大会の前後って自由時間あるんですか?」
「そりゃ、あると思うよ。去年の先輩は全国行った時に近くの遊園地で遊んだらしくて、お土産もいっぱい買ってくれたし」
胸が高鳴る。
なんと自由行動の出来る時間もあるらしい。それはつまり、例え全国大会が無理だとしても、
「県大会も?」
先輩方二人は顔を見合わせて、にんまりと笑う。
「もちろん」
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