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「哲学を語り合うつもりはない」
「私もだ。芸術家気取りの思想犯になるつもりは毛頭ない」
白衣の男は首を横に振ってその場に膝を付くと、近くの容器に手を伸ばして我が子の頭を撫でるように優しく触れる。
「彼らには一時的に死んでもらっている。何故だがわかるかい?」
「……」
「こんな退屈な世界では本当に死にたくないから、世界が良くなるまで眠ってもらっているのさ。彼ら自身の意思でね」
男の言葉に釣られて空間全体に目を配る。
すると其処にはどいつもこいつも穏やかな笑みで瞼を瞑る人々の姿があり、その姿に俺はどうしようもない劣等感を懐いてしまった。
「現実から逃げてるだけじゃないか」
「逃げることの何が悪い。彼らは必死に生きた末にこの過程を選んだのだ」
「夢の世界に逃げることが正しいこととは思えない」
「辛い現実に立ち向かう勇気を誰しもが持っているわけではない」
何故こんな問答をしているのか。
自分が意味の無いことをしていると自覚していながら、もう俺の手には武器を握る力は残っていなかった。
あの安らぎを知ってしまったから。
瞼を閉じ、暖かな温もりに包まれた瞬間の安堵を。
「君はどうなんだ?」
白衣の男が微笑みかけてくる。
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