強く弱く

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 ウノが奇想天外な方法で病棟を脱走したのは、あたしが三週間もかけて模範囚を演じた末、お医者からしぶしぶの許可をもぎ取った外泊のちょうど2日目の夜だった。  『十七歳のカルテ』と言う映画を観たことがあった。アンジェリーナ・ジョリーがアカデミー賞の助演女優賞をとった映画だったと思う。  あの映画でアンジェリーナが演じたリサという役は、エキセントリックにして美しく、破滅型で詩的だった(でもあたしは、ウィノナ・ライダーの演じたスザンナのほうが素晴らしく現実的で好ましいと思った)  あたしが入院した閉鎖病棟には、境界にたたずむウィノナも、腐敗寸前の蟲惑を放つアンジェリーナもいなかったけれど、脳の損壊したウノとズーズーとニョキニョキがいた。  病室の窓は、おおよそ十五㎝しか開かない。脱走や自殺を防止するためだと思う。  六人部屋の隅のベッドにいたウノは、控えめに言って気が狂っていた。  ある日(私が外泊を強奪して実家でウォッカを浴びるほど飲んでいた夜)、ウノが病室から脱走した。部屋の住人からベッドのシーツを借りて端っこを結び、ロープ代わりにして、窓の上部にある、もっと狭い窓から階下に下りた。  脱走した理由は、「ラーメンが食べたくなった」からだった。  外泊から帰ったのとき、病棟の全ての「窓の上部の窓」に手動では解錠できない鍵がかかった。  隣のベッドの、ズーズーが「ウノのせいで窓があかなくって暑い、最低」と言った。  ズーズーは、自分のシーツをウノに提供した上、端と端を一緒に結んだ。こういう事件を起こせば、ウノがまずいことになるのを知ってて、やった。  あたしは、けたたましく笑った。絶叫した。やかんからくんだぬるいお茶を、ズーズーの頭にぶっ掛けた。ダッシュで病室を出て、トイレの雑巾でズーズーの顔を拭いてやった。 退院してしばらくたったころ、ズーズーの親友(?)の、病室で一番若かったニョキニョキから、電話があった。  ズーズーが死んだから、お葬式に来いって。  断った。  ズーズーは、一度に何錠薬を飲んだかを、スケジュール帳にこまめにメモしていた。外出許可を取って、こっそり焼肉やにいき、医者から禁止されてるビールを飲んだと嬉しそうに言っていた。  ウノがどうしているかは、知らない。
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