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なおもスピードを上げ坂を駆け上る俺に白い人影が気付き顔を上げる。
追い越しざまにぱちりと眼が合う。
(あ…)
幽かに海の匂いを含む夕暮れの風が彼女の白い綿のロングスカートと長い髪を煽った。彼女の顔があらわになり、瞳が幽かな黄昏の光にきらりと煌めく。
「真、山…?」
「…恭本!?」
咄嗟にキィッと急ブレーキをかけると、自転車が真山の前を2mばかり過ぎて停まった。
そのまま通り過ぎたって構わなかったんだ。
でも俺は無意識に停めていた。停めずにはいられなかった。
真山の瞳が、煌めいていたから。
彼女の大きな瞳に街灯の灯りが乱反射する、その理由が、瞳が濡れていたからだということに気付いてしまったから─
何と声を掛けていいか戸惑って、少しの間、俺と真山の間に無言の微妙な空気が流れた。
雑木林のように荒れた庭から蝉時雨が大きく聴こえてくる。
「…何か、あったのか?」
ようやく絞り出した俺の声掛けに真山はぱっとうつむくと、くるくると頭を振った。
「…気にしなくていい」
真山が渇いた唇からやっと出すような声で言った。
「恐い目に遭ったとかそういうのじゃないから、気にしないで大丈夫」
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