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その真ん中に1枚の写真。
金色の楽器を手に、一人の初老の男の人が微笑んでいた。
「サックス、だ…」
「ああ、それ、サックスなのね。私ったら、全然わからないもんだから」
独り言のつもりが思いがけず返事が返ってきて思わずびくっ、とする。
「高島、さん」
高島さんはお母さんより少し年上くらいの優しい女の先輩だ。
いつもは事務室で仕事をしているけれど、たまにこうやって声をかけにきてくれる。
仕事がきつくて大変なときには励ましてくれたり、うまくいかないときはアドバイスなんかもくれたりする、便りになる存在だ。
なんでも、腰を痛める前の去年まではがっつり介護の仕事をしていたらしい。
「やだ、そんなにびくっとしないでちょうだいよ。ほら、もっと肩の力抜いて!ほら!」
そう言って私の背中をばしばし叩く。
思わずくくっ、と笑ってしまう、私。
「詳しいのね、ひなたちゃんは。」
「ええ、いや、はい…まあ。あ、準備、行ってきますね」
「ん?あっ、頑張ってね」
その高島さんの言葉を聞くが早いか、さっと身を翻して来た道を戻る。
あの話題に触れそうになると反射的に話を切り上げてしまうようになってしまったのは一体いつからだろう。
胸がずきん、と傷んだ。
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