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「先輩、不動産屋さんに行ってたの?」
「お前、そろそろあっち片付けろよ」
「へ?」
「いつまでも使わないもんに無駄遣いしてんな」
そんな些細なことでいいなら、早く言ってやればよかったのかもしれない。
「まだお前の部屋、残ってんだろ」
いまでは全く帰ることのない部屋を、三木が借りたままでいるのは知っていた。
それでも言わずにいたのは、どこか気持ちの隅で、言えばそのうちここに帰らなくなるような気がしたからなのかもしれない。
自分はそんなこと、全く気にしていないつもりだったのに、慣れとは恐ろしいものだ。
「え、でも……それじゃあ、俺ここに居ついちゃうけど」
「帰りたいなら帰れ。ここにはもう帰ってくんな」
この男がここに帰ってくるのが、俺は当たり前だと感じ始めていた。
「ええ? それは嫌です。帰らない。先輩と一緒にいますっ」
「だったら今週中に管理会社に連絡して、荷物まとめろ。来月には引っ越すからな」
性格も価値観も違う。お喋りで騒がしくて仕方がない。俺とは相反するこの男の存在が、気にならなくなってしまった。
「……ヤバい。俺、いますごい幸せ過ぎて死にそうです。先輩っ、愛してる。結婚してっ!」
「鬱陶しい」
ニヤニヤと契約書や間取り図を見ていた三木が、さらにだらしなく頬を緩めながら覆い被さって来る。その背後には振り切れんばかりの、ふさふさとした尻尾が見えた気がする。
あのマンション、ペット可だっただろうか――。
[ライフ/end]
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