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「……ああ、いまも嫌いだけど」
「そこがまずわかんねぇわ。ワン公はモロそういうタイプだろうが」
「さぁ、なんだっていいだろ」
顔を歪め、あからさまに理解不能な表情を浮かべる奴に、肩をすくめて俺は財布から抜き取った万札をカウンターに放った。
「帰る、お前もさっさと帰れ。寝過ぎだ阿呆が」
「え? 帰んの? もうちょっとしたらほかの奴らも来るけど」
「あいつらのもうちょっとは二時間はあとだろ。付き合えるか」
店内の隅に掛けられた時計は、既に二十四時を回っている。この男がほかの奴らに連絡したのは寝入る前の話だ。
いまだ来る気配がないということは終電か、それを逃してタクシーで駆け込んでくるのだろう。
いくら明日が休みでも、うわばみに付き合う気にはならない。
「んじゃ、近況変わったら教えろよ。男は無理だけど女は紹介してやるぜ」
「余計なお世話だ」
さも可笑しそうに笑う顔に目を細め、俺は早々に店をあとにした。
駅に向かう途中で、見慣れた顔に引き戻されそうになるが、それもぞんざいに払い終電に駆け込んだ。
「しまった。……携帯と鍵、事務所に忘れた」
ふと自分が手ぶらなことに気が付く。一旦事務所に戻るつもりで出たのがまずかった。
鞄の中にプライベート用の携帯電話と家の鍵を入れっぱなしだ。財布と仕事用の携帯電話は、常に懐に入れているので気づくのが遅れた。
「余計な時間食ったな」
一時間程度で帰ると踏んでいたのに、とんだ誤算だ。
マンションから事務所まで然して離れていないが、これから戻るのは正直面倒くさい。
携帯も鍵も、なくともそれほど困ることはない。――が、あいつには仕事用の携帯電話を教えていなかった気がする。
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