スペア

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 どうりで今日は携帯電話が鳴らないわけだ。  いや、鳴らないというより持っていないのだから、鳴っていたかどうかさえ分かりようがなかったわけだ。 「俺もあいつの番号こっちに入れてないなそう言えば。まぁさすがにもう帰ってるか」    既に終電の時間。  電車を降りてから家に電話をかければいい――そんなことを思っていた俺の予想に反して、家の電話はコールするものの誰かが出る気配はなく、しばらく鳴ったあとに留守電に切り替わった。 「なんだ帰ってねぇのかあいつ……飲みに行ったか」  そういえばあいつも明日は休みだった。  今朝会った時は飲みに行くとかそんなことは言っていなかったので、もしそうだとすれば今頃、事務所に置きっぱなしの携帯電話は受信と着信が溜まっていることだろう。 「まぁ、いいか。管理人にスペア借りれば」  急な呼び出しで飲みに行くのは大して珍しいことではない。あいつは昔から付き合いが広くて、知人友人がやたらと多いのだ。  最近は減ったが、前は休みのたびにどこかしら遊びに行ったり、飲みに行ったりしていた。  ただその頃は、いまのように一緒に暮らしてはおらず、あいつにも自分の部屋があった。  同じ家で暮らすようになってから、連絡も取らないまま別行動するのは、もしかしたら初めてかもしれない。  お前ら付き合ってどれくらいだよ――  ふいに先ほどの言葉が頭を過ぎった。しかし思い返してもその答えがよく分からない。  そもそも付き合う、付き合わないと話をした覚えがなく、さらに考えて見れば、あいつと付き合っているのかどうかもさえ曖昧だ。 「家で飲みなおすか」  答えのない答えを考えても仕方がない。どうせあいつが帰ってくるのは深夜だろう。そう思い、マンションに向けていた足をコンビニへと方向転換した。
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