スペア

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「くせぇから寄るな」  いまだ固まっている三木の身体を足で押し退け、間抜け面に目を細める。  明らかに酔いも覚めたような表情で、目を彷徨わせているその反応は、少なからず匂いが移る心当たりがあるということか。 「広海先輩、これはそういうんじゃなくて」 「あ? なにがそういうことだよ」 「だから職場の子がちょっと酔っ払って」 「なにを言い訳してんだよお前」  なんでもないと言えば済む話だ。こんな下らないことを、真剣に言い訳されればされるほど白けてくる。  真っ青な顔をしてうろたえる三木の姿に、思いのほか重たいため息が漏れた。  俺もなにをこんなにイライラしているんだ。  ――馬鹿馬鹿しい。 「俺、ほんとに先輩しか」 「電話、お前の鳴ってるけど」  口を開きかけた三木の声を遮るように、見計らったようなタイミングのよさ。リビングの片隅に置かれていた鞄から、突然軽快な着信音が鳴り響いた。 「え? あ、いや」  しかもそれは躊躇う三木をよそに、一向に鳴り止む気配がなかった。俺は舌打ちしながら立ち上がり、耳障りな音を発する携帯電話の通話ボタンをした。 「あ、瑛冶さん? さっきは送ってくださってありがとうございましたぁ。すみません私、酔っ払っちゃって。あ、遅くなって彼女さんに怒られませんでしたぁ?」  スピーカーから漏れ聞こえる、ちっとも酔っ払っていなさそうな声に、自然と眉間にしわが寄るのが自分でも分かる。  そしてこちらの反応など、お構い無しに話し続けるその声に、さらに苛立ちが募った。 「……あんたえげつねぇな。付き合ってる奴いるの知ってて、よくもぬけぬけと言えたもんだな」
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