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「泣くほど嫌だった?」
「泣いてねぇ」
瞬くたびに零れるものが三木の手を濡らすが、それは見なかったことにした。
「ごめんなさい、ちょっと調子乗りました。広海先輩があんなこと言ってくれるとは思わなかったんで」
すっかり酔いも覚めきったのか、口調がいつものように微妙な敬語に変わる。
「調子に乗ってんじゃねぇよ」
「あのっ、言い訳じゃなくて、さっきの子とはほんとになにもないですから。付き合ってる人いるって言ってあるし、その人以外は興味ないって断ったし。俺は広海先輩だけだから信じて」
しゅんと萎れたように覇気をなくし、三木は半泣きもいいとこだ。しかしわざわざ言われなくとも、この男がよそ見出来るほど器用だとは思っていない。
元々俺が苛ついてる原因はこいつじゃない。
「だったらさっさと風呂に入れ、臭くて苛々する」
触れたくて仕方がないと思うのに、触れられないことがもどかしい。違う匂いをさせていることが腹立たしい。
「す、すいません。即行で入ってきます」
なぜこんなにも腹が立って仕方がないのか。それは多分きっとこの男が――自分のものだと思うからだ。
だからこそいままで疑うことがなかった。けれどいまこうして疑心暗鬼になるのは。
「……三木」
「ん? なに、広海先輩」
「お前にとっての俺はなんだ」
「え?」
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