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気温が日に日に上がっていくのを感じる四月初め。陽当たりのよいリビングの窓辺で読書をしていると、買い物から母親が帰ってきた。 「おかえり」 「今日そういえば桜祭りなのよね、人がたくさんいたわ」 母の言葉に、私は本から視線を上げる。 「…桜は咲いてた?」 「もう満開よ。ここ数日で散り始めそう」 そう言うと母親は小さく笑った。 「…日菜子、桜好きだったじゃない?」 私は母から目をそらし、窓の外の空を見上げた。 雲ひとつない快晴。淡い青の空は、桜がさぞ映えるだろう。 母の言わんとすることは分かっていた。仕事を辞め、実家に帰ってから一ヶ月。私は一歩も外へ出ていなかった。 「とっても綺麗よ。明日から天気崩れるみたいだし、ラストチャンスかも」 そう言い残すと母は台所へ消えた。私は静かに目を閉じる。 脳裏に浮かぶ、桜の花と優しい笑顔。 私は小さく息を吐くと、意を決して玄関の扉を開けた。
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