17人が本棚に入れています
本棚に追加
それは、汗でじとりと肌に制服が貼り付き、蝉の声がじりじりと鼓膜を刺激する決勝二日前のお昼休みの事だった。
その日の昼休みは大変だった。友達が予備のリボンを貸してくれたが、私を見に2,3年の先輩が覗きに来る始末。友達からも知り合いだったのかと言われて、首を振るしかなかった。話したことだってほぼない。ただ部室で私のピアノを聴くだけの、短い時間なのに。
授業は、ずっと噂されているようで安心できず居心地が悪かった。
放課後はもちろん、一番先に部室へ走った。
「近衛先輩っ」
「すまない。驚かせたか」
左肩を押さえて窓から入ってこられない先輩が、私を見上げている。その顔が引きつっていた。近衛先輩は、もっと周りに表情を悟らせないようにできる。その先輩が顔をひきつらせていると言う事は、きっとその何倍も酷い状態なのだろう。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ。ちょっと肩を痛めた。今から病院へ行く」
気が効く言葉が浮かばない言葉に、先輩は温かい眼差しで頷いた。
「明後日、甲子園へ行く第一歩。地区予選の決勝だ」
「明後日……」
「明日は、今まで一番空が近く青いだろう」
力なく笑う近衛先輩に、涙が込み上げてくるのを必死で唇を噛みしめて耐えた。
「君のピアノの音色を思い出すと、ふっと心が軽くなる」
「先輩……」
「君の音色を、甲子園の青空の下でも聴きたい。だから、連れていくよ」
ポケットから取り出したリボンに口づける。
私の心臓は爆発したかのように今にも飛び出しそうなほどドキドキしていた。
最初のコメントを投稿しよう!