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二〇〇八年
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空いた食器を返す音で、目が覚めた。
もう六十年余昔の話である。まだ夕方になりかけた頃、老人ホームの集会所で私は目を覚ました。どうやらうたた寝していたらしい。周りは特に何をしているというわけでもなく、パズルを解く入所者、リモコンを弄る面会人、食事を運ぶ職員と様々だった。
ふとテレビを見る。ちょうど、第二次世界大戦の特集がやっていた。だからかな、と私は窓の外を見た。あの夕日はあとどれくらいしたら沈んでしまうのだろう。
「牛島さん」
呼ばれ、後ろを振り返ると職員が立っていた。
「眠いんですか?」
「いいや、ただ、……夢を、見てました」
「あら、そうなんですか」
どういう夢でしたか、と職員は尋ねる。この時間は特にやることも少ないようで、椅子を私の近くに持ってきて腰掛ける。
「夫に、赤紙が来た時の、夢」
「それは……」
職員はテレビを指さす。当時のまま保管されている赤紙の解説をしているところだった。
「あれ、ですか」
「そう、あれ」
私は少し身体を傾ける。
「今も忘れられないわ」
テレビを見ながら、当時のことを思い出していた。今となっては懐かしい、だけど未だに許せない、そして勇ましいと感じた夫の背中を。
「今でも、私は最後まで修二さんの心に寄り添えたかしら、と思ってしまいます」
それだけ言って、私は目を閉じた。
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