二〇〇八年

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二〇〇八年

**********  空いた食器を返す音で、目が覚めた。  もう六十年余昔の話である。まだ夕方になりかけた頃、老人ホームの集会所で私は目を覚ました。どうやらうたた寝していたらしい。周りは特に何をしているというわけでもなく、パズルを解く入所者、リモコンを弄る面会人、食事を運ぶ職員と様々だった。  ふとテレビを見る。ちょうど、第二次世界大戦の特集がやっていた。だからかな、と私は窓の外を見た。あの夕日はあとどれくらいしたら沈んでしまうのだろう。 「牛島さん」  呼ばれ、後ろを振り返ると職員が立っていた。 「眠いんですか?」 「いいや、ただ、……夢を、見てました」 「あら、そうなんですか」  どういう夢でしたか、と職員は尋ねる。この時間は特にやることも少ないようで、椅子を私の近くに持ってきて腰掛ける。 「夫に、赤紙が来た時の、夢」 「それは……」  職員はテレビを指さす。当時のまま保管されている赤紙の解説をしているところだった。 「あれ、ですか」 「そう、あれ」  私は少し身体を傾ける。 「今も忘れられないわ」  テレビを見ながら、当時のことを思い出していた。今となっては懐かしい、だけど未だに許せない、そして勇ましいと感じた夫の背中を。 「今でも、私は最後まで修二さんの心に寄り添えたかしら、と思ってしまいます」  それだけ言って、私は目を閉じた。 **********
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