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六
『それ』に名はなくこれといった姿を持たず、いつからかそこにいた。
いつも薄暗く、湿っぽい空気に満たされたその部屋は、『それ』にとって居心地が良かった。
部屋には女が一人いて、誰かに向けて呪詛を吐いていた。
この部屋の心地良さはそのせいだと気付いた『それ』は、常に女に纏わりつき彼女の零す呪詛を喰らった。
女の怨嗟は日を追うごとに濃さを増し、甘美になる。浴びるように喰らい続けて『それ』は見る間に成長した。
それでも実態を持つには足りず、思考することを覚えた『それ』は思案した。
どうすれば、もっとこの甘美なる餌を得られるだろうか。
『それ』が達した結論は『女にもっと憎悪を植えつければいい』。
そうすれば、女は絶えず呪詛を吐く。
ずっと見ていた『それ』は知っていた。
女には好いた男がいて、その男を誑かす女に憎悪を燃やしていることを。
その相手が本当に存在するのか否か、それはどうでもいい。
簡単なことだった。
『オマエノ夫ニ言イ寄ル女ガイルゾ』
耳元でそう囁けば女の中の憎悪は容易く膨れ上がり、その身から溢れた。
『それ』は成長するにつれ、己の力を増すための術を知り得た。
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