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畳んだ扇を口元に当て、涼しげな眼で障子を見やる。黒い直衣に立烏帽子の出で立ちは、平安の世の公達を思わせる。鼻筋の通った品のある優しげな顔立ちに、少し意外なほどの低めの声。
『疾く、去ぬが良い』
冷ややかな声音で告げると、障子の向こうの気配が一変した。
ざわり、と膨れ上がったどす黒い瘴気の塊は目に見えるほど。男は動じる様子もなく、手にした扇を広げ、女を守るように前に出た。
ほんの一筋開いた障子の隙間から、薄い刃のように研ぎ澄まされた瘴気が男を襲う。
広げた扇を打ち振るい、蛇の舌のように縦横無尽に攻め入ろうとする瘴気を払った。びゅる、と空を裂いて迫る瘴気の刃を、ぱん、と畳んだ扇で強かに打ち据える。まるで扇が刀であったかのように、瘴気は真っ二つになる。刹那。瘴気は霧のように散って部屋中に広がった。
男の顔に初めて緊張が走り、部屋を見回す。
きり、と奥歯を噛みしめて、表情を引き締めると、片手で扇を開き舞うように大きく振った。
巻き起こった風が螺旋を描き、瘴気を取り込み男の中へと吸い込まれて行く。
部屋中を駆け巡る風はごうごうと鳴き、瘴気も悲鳴のような金切り声をあげるが、女が目を覚ます様子はなかった。
瘴気が全て男の中に取り込まれ、吹き荒れる風が止むと、静まり返った部屋に雨音が戻ってくる。
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