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零
しとしとと雨が降っていた。
夜半から降り始めた雨は、強くはないが止む気配を見せず、そこかしこにぬかるみを作る。
庭に面した廊下が、キシ、と一つ鳴った。
キシ、キシ。
ゆっくりと一定の間隔でそれは廊下を渡っていく。
しとしとと降る雨音に、拍子を付けるように、キシ、キシ、と。
やがて、それは一つの部屋の前で止まる。
きっちり閉められた障子を隔てて、部屋には一人の女が眠っていた。
然程広くもない部屋に、床を一つ延べて。障子を背にして、横になっている。
その枕元には、やや大振りの透明な玉を連ねた数珠が一つ。畳んだ袱紗の上に大切に置かれていた。中心に当たる大玉には、虎が彫ってある。
かたり、と障子が鳴った。
かたかた。
ごく小さなそれは、女の深い眠りを妨げるほどではなく。
しばらくして、ほんの髪の毛一筋分ほど障子が開いた。
『女人の眠りを妨げるなど、無粋なことを』
咎めるような声が、障子に向けて投げられる。
だがそれは、実際に空気を震わせて響いたものではなかった。
眠る女の枕元。数珠の側に、一人の男の姿。
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