第2回   セレンと仮面の魔導師(2)

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その日の夕方、街道から少し外れたところの農家に一夜の宿を借りた。馬小屋の隅でよいというのに、農夫はわざわざ一室を空けた。奇妙な仮面にもかかわらずのもてなしは、具合の悪そうな子連れと思われたからのようだった。食事も分けてくれた。セレンも少し口にした。仮面の男が茶色の小瓶を入れていた箱から別の薬瓶を取り出し、飲ませた。仮面の男が、添寝しながら、少しの間話した。 「家に帰りたいかもしれないが…」  セレンは弱々しく首を振った。子供ながら、されたことの意味はわかる。少なくとも今は戻りたくなかった。 「わたしと一緒に来なさい」  仮面の男は、ヴィルトという名の魔導師だと言った。 「薬を作ったり、星暦で占ったりしている。そのうち、セレンにも教えてあげよう」  ヴィルトは師匠(せんせい)と呼びなさいと優しく言いつけ、明かりを消した。しかし、その仮面を外すことはなかった。  次の朝早立ちしてから、街道を完全に外れ、深い森の奥深くへと入っていった。その夜は、大きな樹木の洞で一夜を過ごした。ヴィルトは、白い棒を何本か呪文を唱えながら、地面に刺して、獣除けの術を周囲に掛けた。 「こうしておくと、獣は寄ってこない。安心しておやすみ」  その夜も仮面を脱がなかった。最初はその下がどうなっているのか、気になっていたが、しかし、セレンはもうどうなっているかなど、どうでもよくなっていた。優しい師匠と一緒にいられるだけで、うれしかった。  翌日、暗い森を進み、日が落ちる寸前に、一軒の小屋にたどりついた。小屋の方から小さな獣が駈けて来た。頑丈な四足の子犬だった。うれしそうに鳴きながら、馬の回りを跳ね回っている。馬から降りたヴィルトが、飛び掛ってきた子犬を抱き上げた。 「ただいま、リュール。留守番ありがとう」  リュールと呼んだ子犬をセレンに見せた。 「狼の仔だが、よく慣れている。体がよくなったら、世話してやっておくれ」  狼と聞いて少し尻込みしたが、子犬と同じようなかわいらしさでキュンキュン鳴いているので、おそるおそる抱いてみた。おとなしく抱かれているリュールの鼓動がドキドキと響いてくる。なにか、安らぐ感触だった。 「わぁ…」  セレンの頬が笑みで緩んだ。  それから数日はのんびりと横になって過ごした。少しずつ食事を増やし、リュールと一緒に小屋の周囲を歩いたり、食事の後片付けを手伝ったりした。
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