第3回   セレンと紅《くれない》の王子(1)

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 大陸中原の国エスヴェルンの王都は、自然の障壁である環状森林に囲まれた王宮を中核とし、いくつも通りが放射状に広がっていて、その通り沿いに貴族たちの館、役所や市場、市民の住居が栄えていた。国内の各地より人も物も集まり、その繁栄ぶりはエスヴェルンの歴史上最高とされていた。周辺諸国とも久しく争乱はなく、頻発する災厄以外は平和な時代と言えた。 深い森林の奥の小高い丘に聳える王宮には、三千年の歴史をもつ王室が支配者として鎮座しており、一度として他家に王権が移ったことがなかった。貴族たちは国内の各郡の行政長官や裁判官として派遣される以外は、王都の中の館に住い、王都の行政官か軍属、あるいは文化庁などに配属されていた。王宮は施政宮、迎賓館、後宮(王の居宅)、王太子宮、文化庁、王立学院、王兵軍区、国庫からなっていた。施政宮に隣接する王立学院は、ふたつの学科がある。ひとつは政経学院で国の施政官となるための学び舎であり、いまひとつは魔導師学院で正当な魔導師を育成するところだった。 魔導師学院の本堂は蔦の絡まるドームを戴いており、その玄関ホールでは、学院長代理や教導師(魔導師の指導者)たちをずらりと並べて、年の頃は十五、六の少年が赤い短髪を逆立てて怒鳴り散らしていた。 「乱水脈も制御できないのなら、そなたらの魔導師の肩書きは何なのだ! 国費を使って飼っている意味がない!俺の世となったら、そなたら全員極北に流してやるからな!」  遥かに年下の少年に責められても返す言葉もなく、立ち尽くしている。開け放たれていた玄関の扉の間から、灰色の外套を纏った長身が入ってきた。 「陛下ご存命中に次の世のことを口にされるのは、穏やかではありませんよ、殿下」  窘める声に紅の髪が振り返った。 「…仮面の…」  怒りというよりも不愉快さで目が細まり、灰色の仮面を睨み付けた。 「隠居するなら、ここの連中をものにしてからにしろ!役立たずばかりだぞ!」  髪と同じ色の外套を翻して出て行った。坊主頭の学院長代理が安堵の溜息をついた。 「ヴィルト様、お待ちしておりました」  灰色の仮面を被った魔導師ヴィルトが紅の少年の去り方を見た。 「殿下のお怒りもわからないではない。サリュースやエアリアはどうしたのだ。リアルート地方の乱水脈、ただごとではなかったぞ」
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