第3回   セレンと紅《くれない》の王子(1)

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 学院長代理が言葉に詰まっていると、教導師のひとりが、ヴィルトの外套の後ろで怯えている少年に気づいた。 「おや、この子は?」 「弟子のセレンだよ、セレン、ご挨拶なさい」  弟子と聞いて、学院長代理をはじめ教導師たちが驚きで息を飲んだ。居心地の悪さを感じながら、セレンは頭を下げた。ヴィルトは、学院長代理たちと奥の部屋に向かい、セレンと狼の仔リュールは、学院生のひとりに宿舎に案内された。  ヴィルトが人買いの男たちを追い払ってくれた次の日、セレンは、ヴィルトに連れられて王都に向かった。リュールも一緒だった。ヴィルトは急いで行きたい様子だったが、怪我をしたセレンの体調を考えてか、馬をゆっくり進め、日にちを掛けて到着した。  王都は、あの立派に見えた宿の町とは比べ物にならないほど立派なものだった。人はみな清潔で身なり良く、建物は石造り、大きくて頑丈そうで、路は石畳で汚物などひとつも落ちていないのだ。こんな美しい場所があるのかとセレンは驚くばかりだった。深い森を通って、大きな門扉を潜って入ったところが王宮と聞いて、今度は恐ろしくなった。自分のような卑しいものが入れる場所ではない。しかも、さっき怒鳴っていた少年は…。  宿舎の一室は寝室と居間があり、森の小屋よりもずっと広く、居間の壁の本棚には分厚い本がぎっしりと並んでいた。森の小屋にも本はたくさんあったが、セレンは字が読めなかった。少しずつ教えてあげるからとヴィルトに言われていたが、まだそんな時間を過ごしたことはなかった。もってきた荷物の中から手ぬぐいを出した。宿舎の外に出て、井戸を見つけ、釣瓶で水を汲んだ。旅で埃だらけになったリュールの身体を洗ってやろうと思ったのだ。自分の顔を洗ってから、じゃれるリュールの硬い毛を塗れた手ぬぐいで拭った。急にリュールがセレンの手元を離れて駆け出した。 「リュール?!」  リュールがうれしそうな鼻声でキュンキュンと鳴き、激しく尻尾を振って人影に飛び付いた。 「久しぶりだな、リュール。そなたはちっとも変わらないな」  リュールが喜んで飛び付いた人物を見て、セレンは言葉なく震えた。さきほどの紅の髪の少年だった。少年はリュールを抱きかかえたままセレンの近くに片膝を付いた。 「そなた、仮面と一緒にいたな」
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