第4回   セレンと紅《くれない》の王子(2)

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翌朝、世話役の学院生を探したが、見当たらず、途方にくれていると昨日の従者が呼びに来た。とにかく断るとかそういう言葉もいえないまま、黙って付いていくしかなかった。連れて行かれたのは昨日の部屋ではなく、学院の裏側を下っていったところにある煉瓦作りの小さな尖塔の前だった。尖塔の両脇は城壁でぐるりと王宮を囲んでいる。ところどころにこのような物見用の尖塔がある。尖塔の影から紅いたてがみの馬を連れてラウドが出てきた。 「殿下…またわたしがお叱りをうけるのですけど…」  周囲を気にしながらいつも物見台の監視兵の口封じをさせられる従者がひそっとつぶやいた。ラウドが調鞭で自分の手のひらを軽く何度か叩いた。 「そんなに叱られていないだろう。俺のほうが何倍もきつく叱られている」  いたずらっぽく従者に片目をつぶって見せて、セレンを手招き、馬とともに尖塔の中に入った。床に大きな円形魔法陣が書かれている。向かい側にも扉があった。開くと王宮を囲む森に出た。セレンを馬上に押し上げ、その後に跨った。はっと声をかけ、手綱で叩いて馬を走らせた。  馬は林道を軽快に駆け抜けていく。たてがみにしがみついていたセレンはさわやかな風にここちよくなって前を見た。木漏れ日で林の中はきらきらと輝いていた。林が切れて、町の石畳に出た。馬がゆるやかに速度を落とし、カッカッとひづめの音を立てて、常足(なみあし)で歩き出した。やがて、両脇が、石造りで四、五階建てだった建物が少なくなり、平屋の家になってきた。畑や藪も見られるようになったところで、再び馬が走り出した。ぐんぐんと速度を上げていく。少ししてラウドがやや興奮した声を出した。 「セレン、見てみろ!」  言われて首を巡らせ、ラウドの指し示す方向を見た。右手に見えてきたのは、まだ遠くだったが、異様なものだった。ひらけた荒野の只中にすすけた銀色の巨大な箱。その箱の脇に馬車の車輪を黒くしたようなものがたくさん付いている。セレンはただ驚いて見つめていた。 「はじめて見たか、あれはトレイルというもので、馬でも牛でもないものの力であの鉄の荷車が動くんだ」  セレンにはなにがなにやらさっぱりわからなかった。ラウドはどんどんその銀色の箱に近づいていく。腕の中でリュールが唸り声を上げている。セレンはその箱がとてつもなく恐ろしいもののように感じていた。
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