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近くに座っていた、灰色の外套を頭から被っている客が、男たちの卓に寄ってきた。かがみこみ、伏している少女を起こした。くぐもった低い声で話し掛けた。
「その子はどうしたんだ。病か?」
少女は顔を上げて話そうとして、短い悲鳴を上げた。灰色の布で覆われた顔は、気味の悪い灰色ののっぺりとした仮面をつけていた。
「なんだ、おまえ」
黒布の男が椅子から立ち上がった。仮面の客も少女を立たせながら立った。
「医者ではないが、医術の心得がある」
「診せる金はない」
黒布の男が冷たく言い、少女を押しやった。仮面の客が首を少し巡らせて回りを見た。
「金などいらぬ。それならいいだろう」
そう言い、椅子の側に置いてあった頭陀袋を持って少女をうながし、奥へと向かった。鞭の男が追いかけようとしたが、黒布が止めた。
「勝手にやらせておけ。どうせ助けられん」
隣に立っている宿の女に尋ねた。
「誰だ、あいつは」
女が肩で息をつき、首をかしげた。
「さあ、今日初めて来た客でね、あんななりだろ?魔導師じゃないかって下働きたちが言ってたけど」
黒布が鼻先で笑った。
「魔導師?そんなもの、幻術を操って貴族や金持ちから金を巻き上げるいかさま師のことだ。王都に行けば、何百人とうろついている」
だが、その視線は笑っていなかった。
仮面の男は、納戸の隅に寝かされているセレンの傷を見て、つぶやいた。
「むごいことを…血の通った者のやることではないな」
セレンは虫の息で、かすかに目を開けた。黒い影が見え、青い瞳から涙を零した。
「ごめんなさい…ごめんな…さ…」
急にぶるぶるっと震えて目を閉じた。
「セレン!?」
少女が呼びかけたが返事がなかった。仮面の男が、頭陀袋から箱を取り出し、開けて中から茶色の小瓶を出した。瓶の蓋を開けて、セレンの頭を腕で起こし、口元に瓶の口を付けた。
「心配しなくていい、助かるから」
瓶の中身は液体というより、煙のような靄のような感じで、すうっとセレンの口の奥に入っていった。ゆっくりと体を寝かせ、少女に水を汲んでくるよう頼んだ。少女がすぐに厨房から外に出て、湯屋から桶を持ち出し水を張って戻ってきた。さきほど剥ぎ取られたセレンの服を切り裂いて、水に浸し、血を拭い始めた。そのありさまをおそるおそる見ていた子供たちに、仮面の男が言った。
「君たちは、体を休めなさい」
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