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黒布の顔が怒りで歪んだ。そして、片膝を付き、仮面に意地の悪い眼を向けた。
「ご覧のように、滅多にお目にかかれない上玉だ。金貨二十枚で手を打とうじゃないか」
宿の女がケラケラと馬鹿にしたように笑い出した。先ほど外に連れて行かれた子供たちは、これから市に掛けられて売られていくが、一番いい値が付いても、せいぜい金貨五枚だ。たいていは、金貨三、四枚というところだ。仮面の男に売る気はないのだ。仮面の男が、頭陀袋の中に手を入れて、小袋を出した。その中から、金貨を出して、五枚ずつ四つの山を作った。
「これでこの子はわたしのものだな」
念を押すように言った。黒布はまなじりを切らんばかりに目を見開き、怒りに震えた。金貨の山を手で崩して出て行った。宿の女があわてて金貨をかき集めて、前掛けを袋のようにつまんで入れていった。何が起こったのか、セレンにはよくわからなかったが、あの恐ろしい男から逃れられたことだけはわかった。仮面は不気味だったが、一晩中抱いてくれていた暖かい腕は自分にひどいことはしないと思った。
仮面の男は、宿のあいそをすまし、セレンを抱きかかえて、栗毛の馬にまたがった。セレンは、遠ざかっていく宿をぼうっと眺めていた。急に悲しみが込み上げてきた。ここまで一緒に来たみな、売られて、ちりぢりになっていくのだ。かばってくれた年嵩の少女はこの先どうなるのか。泣きたいのを我慢していることに気づいた男が、静かに話しかけた。
「泣きたいなら、泣きなさい」
そして、手綱を持っていない方の手でぎゅっと抱きしめた。セレンは、涙を零し、声を上げて泣いた。
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