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第1部 (1) 帰郷
樹希は久しぶりに、第二の故郷である館山に帰って来た。
東京生まれの彼は、十歳のとき母の郷里である館山へ連れてこられ、十五歳までの少年時代を母子で過ごしたのだ。
最初に足が向いたのは、通っていた中学校の裏手にある高台だった。小高い丘にあるその場所からは校庭を一望でき、かつて住んでいた街並みや、遠く春の陽気にぼんやりと霞む鏡ヶ浦の海岸線までを見渡すことができる。
中学を卒業後、東京の高校へ進学し寮生活を送った彼は、そのまま都内の私立大の経済学部に入学し、二回生になっていた。
今日はゴールデンウィークの最終日。この地で親友になった光汰に促され、ふらりと戻ってきた。かつてはいつも、この高台に続く急な坂を光汰と一緒に自転車で懸命に漕いで登り、ここからの景色を見ながら他愛もない会話をしたものだ。
朝から長く電車に揺られた樹季は、両腕を頭上で組み、華奢な体を大きく伸ばした。五月の初めとはいえ、正午近くなると少し汗ばむほどの陽気で、急な坂を徒歩で登ってきた彼の白い肌はわずかに上気している。
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