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訃報を受けてすぐ、俺は意気揚々と北欧の小国まで赴いた。昔の人はAIと結婚するのにこんなところまで来ないとできなかったなんて、驚きだ。
狭い部屋で、黒い服を着たユキは、一人ベッドに腰掛けていた。
「俺の事覚えてる?和希だよ」
俺のジョークにユキはクスッと笑った。かわいい。
「君が和希のはずない……孫の望だろ?にしても、そっくりだ。DNAってすごいね。君ら人間はなんてへんてこな遺伝子の乗り物なんだ」
俺はユキの隣に腰掛けた。
「じいさんが、いつ死んだか聞いた?」
ユキは頷く。
「春臣さんの次の日。死ぬ前に『ハルに1日勝った!』って叫んだ」
「昔から勝ったとか負けたとか、よく言ってたよ」
俺とユキは顔を見合わせて笑った。
「で、どうする?俺と行く?」
「わからない」
ユキはまだ混乱しているようだった。春臣さんの死後、ユキはじいさんに返却されることになっていた。しかしそのじいさんも死んだ今、管理者権限は孫である俺にある。とはいえ、ユキが望めば初期化も可能だ。美しい記憶も、哀しい記憶も、全て削除して、新しい個体になれる。
「……あ、ドーナツ食う?ハルの好物だったんだ」
昨夜から緊張でまともに食事をとってない。これまでじいさんからユキのことは散々聞かされていた。ハル、早く死ねって、楽しそうに言っていた、意地悪じじい。俺もすっかり影響されて、子どもの頃からユキと会いたかった。ずっとずっと会いたかった。
「君の家族の記憶、見る?」
夢中になって揚げたてのドーナツを食べていると、ユキが手の平を上に向けた。その上に自分の手を重ね、軽く握るとさまざまなイメージが流れ込む。
子どもの頃のじいさん、じいさんのパパとママ。春臣さん。みんな笑ってる。じいさんが、春臣さんと楽しそうにケンカしてる。
「あ、ちょ、これ、うわ、やめてーー!」
「しくった」
ユキは照れて笑った。
じいさんとのセックスなんか、孫としては見たくないんだけど!?って怒ったら、ユキは舌をだして、ごめんごめん、好きな人との初体験だったから、もったいなくて消してなかったと言って笑った。
<今は亡き彼らのための・完>
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