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この頃の僕は、まだ君の名前を呼ぶことが出来なかった。気恥ずかしいのと、恐れ多いのと。あとは、彼女には合わない名前だな、なんて思っていたからかもしれない。
「彼女がさ、こっちを見たんだよ」
僕は誇らしげに言った。完成した絵は、彼女の世界を見事に描きあげている。誰にも文句を言わせない出来映えで、金賞の文字が誇らしく鎮座している。
爛々と光を放つ寂れた駅。中心で主役とばかりに佇むのは、白黒の彼女。そして、その深い赤色の瞳がこちらをじっと見つめている。
「俺なら少し怖いけどな」
最高傑作を見ながら微笑を浮かべるのは、件の友人だ。
「まぁでも、おめでとう。努力が実ってよかったな。最近お前生き生きしてるし、その彼女のおかげで、いい転機が来たんじゃねぇか」
やっぱり、最高の友人だ。彼女のことを、話してみてよかった。
「そうなんだよ。もうアイデアが溢れて止まらなくて」
「今日も行くのか」
半分呆れたように、それでも僕を認めてくれているのがわかる。返事なんて決まりきっているが、それを敢えて聞いてくれるのも心地がいい。
「もちろん。彼女にお礼もしたいし」
「会えるかもわからないくせに」
「まあね。でも、今はあそこで作業するのが一番捗るんだよ」
「随分とご執心だな。」
悪戯のように口角があがるのを見て、言い返そうかとも思ったが、あながち間違いでもない。彼女の美しい造形を思い出すと、胸が熱くなる。
「お前も見たらわかるよ」
「じゃあ今度、ぜひ紹介してもらおうかなあ。ところでさ」
にやり、と聞こえてくるような笑み。
「お礼より、勝手に題材にしたことへの謝罪じゃない」
言われてみれば、ごもっともだ。
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