第二章 淡黄の蕾

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 それから僕は、またしばらくアトリエへと通った。絵を描きたかったからなのか。それとも彼女に会いたかったからなのか。どちらなのかはわからないが、おそらくどちらでもあったであろう。  毎日彼女に会える期待に胸を膨らませて足を運び、結果として彼女に会えることはなくとも充実した創作時間を過ごす。そんな日々に、大きな充足感を覚えていた。  それでもこうも現れないと、時たま不安になる。彼女を勝手にモデルにしたことがバレたのだろうか。それとも以前何か気に触るようなことをしたのだろうか。色々な思いがぐるぐると回り、筆の行き先もわからなくなった時、自然と覚えた番号をなぞる。 「今日はどこへ行ってたの?」 「学校」 「兄弟とか、いる?」 「いない」  それは他愛のないやりとりであったが、僕を彼女の世界へと呑み込むには十分なものだった。彼女に近付けば近付くだけ、世界が溢れる。  そして彼女の言葉を胸にしまい込むと、決まって僕の筆は自由に踊ってくれた。そんな理由もあってか、彼女への連絡回数は日に日に増えていく。  もっと、もっと、と必死で手を伸ばし続けていた。 「明日、会えないかな」  我ながら唐突だったとは思う。それでも、動きだしてしまった。もう、戻れない。 「……わからない」 「わからない?あぁ、そしたらいつもの駅で。時間はそうだな……お昼の一時。どうかな?」  僕は彼女の「わからない」を、「意味がわからない」だと信じて疑わなかった。彼女の返答はいつも凛としていて。直接胸にぶつかるような。そんなものだったから。 「……わかった」  僕には気が付けなかった。彼女の答えと、余白の意味に。    今になって思う。  この時の彼女の声は。    ほんのりと淡黄に色付いていた。
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