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思えば、朝から濃いネズミ色が空を包んでいたのかもしれない。あの日は、そんなもの目に入らないくらいには晴れやかな気分であったのだ。完成した僕の世界。彼女の圧倒的モノクロを、僅かな明度の差で上手く表現できたと思った。我ながら傑作だと。黒と白の表現とはこんなにも深いものだったなんて。彼女と出会ってから、発見ばかりだと。
そんな気持ちでいたからだろうか。モノクロの世界に心を奪われて、大切な何かを見落としていたのかもしれない。僕史上最速で仕上がったその作品は、今一歩の所で完成した。
結論から言うと、結果は落選であった。
「色合いはいいんだけどねぇ。なんか物足りない感じ」
つまりは、僕にしてはいいけど平凡。そう言いたいらしい先生は、湿気で曲がった髪をくるくると弄ぶ。受賞どころか、最終選考にすら残ることはなかった。
「俺はよかったと思うけどなぁ」
「駅の色合いとか、すげぇ細かく表現されてたし」
「白黒の女性がいるから、周りの駅の感じが引き立ってたよな」
「そうそう、寂れた駅なのにめっちゃ鮮やかに見えたもん」
皆は口々に”僕にしては良い作品“を褒めたてる。褒めるのは色使いであり、駅の風景であり、決して色のない世界ではなかった。僕の見ていた彼女をキャンバスの上で表現することは、叶わなかったのだ。
何かが、足りない。
僕の見ていた世界は、僕の受けた衝撃は、僕の彼女は。こんなにも鮮明に思い出せるのに、表現出来ない。そんな底の見えないもどかしさに頭を濡らしながら、僕はアトリエへと足を向けた。僕の気持ちに同調するかのように、ネズミ色は地面を濡らしていた。
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