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「せんぱーいっ」
ニコニコ駆け寄ってきたこの子は、決して後輩などではない。
「先輩じゃないでしょ。またそうやってからかって。」
一年前まで同じクラスの斜め前の少しやんちゃな男の子。
彼は今年もまた2年生をやっている。
「留年したって年は変わらないんだから、そういう呼び方やめてよね。」
「なんで?俺は2年、花緒は3年なんだから、いいじゃん!」
2年の2学期、席が近くなった事がキッカケで、なんだかんだ話しかけられるようになった。
私みたいな地味な学級委員長に、不思議と美咲くんは事あるごとに話しかけてきた。
どうして私に構うのか。
ある時そう訊ねたら、彼は当たり前のようにこう言った。
「どうして?花緒のことが好きだから。」
だけど私は知っている。
彼の想い人であるセンパイの事を。
マドンナと呼ばれたセンパイと、美咲くんはお似合いで、私なんか入り込める隙間なんて1ミリもなくて。
「やめてよ。センパイって呼ばないで…」
似ても似つかないあの人と同じ名で、そんな風に呼ばないで。
「花緒だけなんだよねー」
徐ろに話し始める美咲くん。
「失恋した俺を笑わないでくれたの。」
美咲くんの言葉で当時のことを思い出す。
センパイの卒業式の日は雨だった。
黒い傘の下でぽつんと立ちつくす彼に、ただ偽善者ぶって声を掛けた。
「右肩、濡れてる。」
そう言い差し出したハンカチを、美咲くんは黙って受け取った。
雨と共鳴するように静かに流していた涙を、止める術など私には分からなくて、その後はもう何も言えなかった。
「あの日から花緒は特別。だから花緒には嫌われたくない。」
屈託のない笑顔でそう言う美咲くんは、まるで子犬のようで、後輩ってこんな感じなのかな。なんて思ったりした。
例えその『特別』が、異性としての『好き』じゃなくても、そう言われるだけ私は救われてしまう。
それは私にとっても彼が特別だから。
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