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美術館前は流石に人が多かった。その一角に腰を落ち着けたミックに先程のスケッチブックを渡したランバートは、通り過ぎる身なりのいい女性に声をかけた。
「すみません」
「あら、なんでしょうか?」
「実はあちらの少年、画家の卵でして。勉強と思い、似顔絵を描いているのです。鉛筆画ではありますが、なかなか上手なのですよ? お時間に余裕がありましたら、描かせてはいただけませんか?」
女性は少し迷いながらも、恥ずかしそうにペコリと頭を下げたミックを見て笑みを浮かべた。
「いいでしょう。お代はいくら?」
「銅貨一枚」
「そんなに安くてよいの?」
そう言って、少し考えた女性はにっこりと笑みを浮かべた。
「気に入ったら、もう少し出しましょう。それでは食事代にもなりませんし、ここは芸術の町。若い才能を育てるのも、この町の人間の役割ですわ」
彼女は真っ直ぐにミックの元へと向かい、対面に用意した椅子に腰を下ろす。
「よろしく頼むわね、可愛い画家さん」
楽しげな彼女の言葉に、ミックは真っ赤になりながらも頭を下げて、スケッチにペンを走らせ始めた。
時間にして十五分程度。仕上がった絵を女性に見せると、線画とは思えないほどに整った女性の肖像画出来上がっていた。
胸から上の顔立ちには彼女の凛とした笑みがあり、陰影が丁寧に付けられ、髪に一本にわたるまで描写されている。
彼女も驚いたのだろう。それを見つめて目を丸くし、次には艶やかに笑った。
「素敵な絵だわ。貰ってもいいかしら?」
「はい、勿論!」
「では、お代はここに」
そう言って彼女が置いて行ったのは銀貨二枚。スケッチに対する対価としては多すぎるものだ。
「あの、こんなには!」
「これは貴方の才能と、私の満足に対するお金ですわ。受け取るのよ」
そう言って、嬉しそうに去って行く。
受け取ったそれを見つめながら、ミックの表情も緩やかに輝き始めていた。
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