少年は夢を見る

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 夕方近くなるまで、そうして似顔絵を描きまくった。親子連れの家族、身なりのいい紳士、働く屈強な男達。ありとあらゆる人を描き、今日だけで数日分の食費くらいは稼いだ。 「今日は楽しかったです」  自警団詰め所へと送っていくと、ミックは憑きものが落ちたようなスッキリとした顔をしていた。 「僕、やっぱり絵を描くのが好きです。嫌な事も、苦しい事もあって……本当はもう、描いてはいけないような気がしていました。でもやっぱり捨てられません。僕には、これしかないんです」 「それなら、その道があっているんだよ」  伝えれば、ミックはにっこり笑って「はい」と返事をして、そのまま中へと入っていった。  その足で、ランバートは再び美術館へと向かった。  内部では張りつめた騒々しさが漂っている。人々が足を止め、美術館の学芸員もまた困惑している。  とある一枚の絵画の前で、人々はヒソヒソと話し合っていた。  湖を背景に、月光が注ぐ。透けるような透明感を持った乙女が恋慕に悲しむ瞳を向けて今にも消えてしまいそうな手を男へと伸ばし、男もまた別れの悲しみに表情を歪めて手を伸ばしている。 「やはり、色がついた方が美しい」  日中の絵を見ていたファウストが、呟くようい口にする。それに、ランバートも頷いた。  丁度その時、素描コンクールの受付をしていた男性が額縁に入った一枚の素描を持ってきて、隣に並べた。  筆致も、構図も、纏う空気感すら同じ二枚の絵は、だが添えられた名が違う。素描は勿論ミックの名が書かれていた。だが、色のついた十号の絵に添えられた名はロナード。 「確かに素描の方が早く展示されたんだな?」 「間違いありません。あの少年がこれを描いていたのは私の目の前の椅子ですから、見ていました。時間も、お昼前です」 「この絵が提出されたのは夕方だ。これは、どういうことなんだ……」  分かっていてもおいそれとは口に出せない。困惑する美術館スタッフ達を尻目に、ランバートは美術館を後にした。
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