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「大丈夫? 怪我は」
「僕はいいです! でも、絵が…」
「絵?」
確かに男が奪った荷は十号サイズくらいの絵画に見えた。ここに運んでいたなら、美術コンクール用の絵なのだろう。
少年は苦しそうに涙を流して蹲る。痩せた体が震えているのは、とても哀れに思えてならない。
「大丈夫か」
「すみません、犯人を取り逃がしました。馬車は黒塗り、番号はH841です」
ファウストに伝えれば、彼はそれに頷く。そして、倒れている少年に手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「はい…」
項垂れたまま少年は顔を上げない。その目には薄らと涙が浮かんでいた。
見れば少年は油の臭いがした。テンペラ油の臭いに、絵の具の臭い。薄汚れた服にも所々絵の具がついている。
ランバートは思わずファウストを見上げた。
「まず、町の自警団に行こう。そこで馬車の番号と被害届を出そう」
「あの……いいです」
ファウストが少年を促すが、少年は泣き笑いのような顔をするばかりだ。緩く首を横に振っている。今にも倒れてしまいそうな様子に、ランバートの方が放っておけなかった。
「いいわけないだろ? 大事な物を取られたんだ、取り返したくないのか?」
「今更、遅いです。きっと、もう…」
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