一輪目 蜜を知った蝶

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一輪目 蜜を知った蝶

 教室から運動場へと、賑やかな声が流れていく。学生にとっての一番長い休み時間、昼休みという自由時間を一秒たりとも逃さない活気溢れる生徒達が弾ける時間だ。 「穂苗実、行こ~」  ゆるやかな声で私――清水穂苗実(しみずほなみ)を呼んだ友人の宮下早智(みやしたさち)と共に教室から移動する。おかわりまでしてたらふく腹を満たしても即行で廊下の先へ、その先へと駆けていく男子生徒達には丁度良いかもしれないうちの給食の量は、成長期であるとはいえ、思春期に両足が浸かり始めた女子達にはちょっと考えものでもある。土地柄もまあまあの田舎だからか協力してくれる農家なども多い為、どうやら材料には然程(さほど)困らないそうだ。確かにうちの給食が美味しい事は嬉しいし、贅沢な悩みなのだろう。しかも今日のメニューの炊き込みご飯は好物で、給食当番のクラスメイトに少しだけ量を増しでお願いしてしまった。おかげで私のお腹はちょっぴりの罪悪感と共に満たされている。  穏やかな日差しとそよ風が、広い運動場を包み込んでいる。私と早智は習慣になっているベンチへと腰掛けた。うちの運動場は県内でも広さだけはある方で、端には木々が植えられており、木の下の側には木製のベンチがいくつか置かれているのだ。日焼けするからなんだかんだと言って、日差しのピークでもある昼休みにあまり女子生徒の人気はない。男子生徒ではちらほら利用する人も居るけれど、教室で寝たり喋ったり勉強したりか、あとはこのだだっ広い運動場を駆け回る人が大半だ。 「やあ~、しかしいつもながらベンチは絶好のスポットですなあ」  早智が大きく伸びをしながら、楽し気に笑う。 「ね。実際は後ろの木のお蔭で、そこまで日差しも強くなくて丁度過ごしやすいのにね」  少しでもお肌を労りたいお年頃なのだろう、と以前早智と二人でクラスメイトに勧めてみた時のみんなの反応を思い出しながら私も笑って返す。 「ま、好きな男子を見つめるのは、廊下の窓からでも十分ですからな」  校舎の窓辺に視線を上げながら、早智は今日の窓女子を細目で確認し始めた。『窓女子』とはその名の通り、廊下の窓から運動場を眺めるフリをして好きな子を観察する事が目的の女子達の事である。外からはあまり分からないが、中に居れば結構な賑わいをみせている。密やかな黄色い声が廊下に沢山落ちているのだ。  女子という生き物の性なのだろうか。
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