攻が出てくるだけ

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攻が出てくるだけ

桜が新入生を歓迎するように咲き誇る中、整髪料などを付けていない、さらさとした短めに整えた黒髪を軽く梳く様にすると、所古創<いこま そう>は新しく赴任した高校を眺める。 開校してから五十年のそれなりに歴史のある校舎は少し古びている。 咲いている満開の桜越しの逆光が少し眩しいくらいで、所古は切れ長の黒い瞳を細める。 所古は、近年また酒が酷くなった父親に耐え切れず、家を出るように少し遠い学校へと移ったのだった。 所古の家には母親がいない。所古が幼い頃に男を作って出て行ってしまった。 今でも昨日の事のように思い出す事ができるのは、その日はたまたま寄り道もせずに小学校からまっすぐ帰って来てしまったから見てしまった情景。 家の鍵は開いているのに、電気が消されている事を不思議に思って母親を探して家の中をうろうろした時だった。カーテンも閉め切られた薄暗い昼の部屋で全裸の母親が、こちらも全裸の知らない男に組み敷かれ、聞いた事もないような高い声を出しながら下半身をぶつけあっていている光景。 下半身をぶつけ合う度に聞こえて来るぐちゃぐちゃとした粘着質な音と、聞いたこともないような母親の甲高い声は今でも忘れられないくらい気持ち悪かった。 当時は何をしているのかは分からなかったが、ただ何かが気持ち悪くて、急いでその場から立ち去ると、日が暮れるまで近所の公園でブランコを漕ぎ続けていた。 日が暮れてしまい、他に行く宛ても無かったので仕方なしに家に帰ると、母親は普段通りに夕飯を作っていた。父親も普段通りに帰ってきて三人で夕飯を食べる、家族仲も険悪ではなかったはずで、普通の光景のはずだった。 しかし昼間の映像がフラッシュバックしてしまい、所古は我慢できずにその場で吐いてしまった。 その時は体調が悪かったのだろうと言う事になったが、その後、母親の不倫が発覚し、母親は不倫相手と家を出て行った。 それからと言うもの、所古は女性、というよりも女性の声が、時には吐き気を催す程に苦手になっていた。 母親が出て行った当初、父親はそれでも所古を育てようと苦手な料理も、家事も必死に頑張ってくれた。しかしそれも限界だったのだろう、所古が十五歳を超える頃には酒に逃げ始めた。
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