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鼻の奥がツンとなるのを感じながら、私はTシャツの裾をギュッと掴んだ。
喋らなくなった私に何かを話しかけることもなく、樹君は無言のまま自転車を走らせた。
――どれぐらいの時間が経ったのか。
唐突に、樹君が私の名前を呼んだ。
「ひらり」
「なに……」
その声に思わず顔を上げると……目の前には一面のひまわり畑が広がっていた。
「凄い……」
「そうだろ」
そう言う彼の声はどこか得意げで……。
でも、どうしてだろう。こんな会話を以前も誰かとした気がする。そう、こんな風にたくさんの向日葵が広がる――。
「着いたぞ」
「あ……」
必死で思い出そうとしている間に、彼は一軒の家の前で自転車を止めた。
かすかに見覚えがある気がする。そうだ、ずっとずっと昔に来た、おばあちゃんの家――。
「もうすぐあんたの父親も帰ってくると思う」
そう言いながら彼は玄関のドアを開けた。
「ばあちゃん、ひらり連れてきた」
「あらあらあらー。大きくなったわねー」
家の中から優しそうな女の人が出てきた。どうやら樹君のおばあちゃんのようだけど……。
「あの……えっと……」
「どうぞ、あがって。あなたのお父さんね急に仕事が入っちゃって職場に戻っちゃったの。だから、その間私たちが火の番をしていたのよ」
「そう、なんですか……」
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