さよなら、愛しき私の異形

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「どうなさったんですか?」  私は神山さんに向き直ると微笑む。  神山さんは、ひどく不愉快そうな顔をした。不服そうに細められた目で、こちらを見ると、 「笑うなよ」  と、一言前置きをした。  私は小首を傾げる。 「車に轢かれそうになった餓鬼を助けるつもりが、失敗した」 「……はい?」  全く、想定していなかった答えに、私は傾げいてた首を、更に傾けた。  言ってから、私も心の何処かではこの人が人でも殺したのではないかと、疑ってかかっていたことに気づき、胸中で自分をはた いておいた。愚かな私。  神山さんは、憮然とした顔でこちらを見る。  視界の端で、先生が私と同じような顔をしているのに気づき、少し自分を取り戻す。 「貴方は」  傾げていた首を、ようやく元に戻し、私は本当に、心から笑んだ。 「優しい方ですね」  神山さんは、不愉快そうな表情をますます強くした。 「格好悪いだろう」 「何がです? 人助けは立派な……」 「人の何十倍もの身体能力を持っているくせに、車なんぞに轢かれて」  ひどく不満そうに歪められた唇に、私は笑う。くすり、と。 「笑うなと言っただろうが」  神山さんが舌打ちした。だから言いたくなかったんだ、という呟きが聞こえた。 「ふ、」  何か、空気が漏れるような音がして、私は音の主を見る。 「あはははは」  一拍置いて、先生が豪快に笑い出した。 「……てめぇもかよ」  神山さんはついに、余所を向いてしまい、呟いた。 「おま、それ、」 「先生、何が言いたいのか解りかねます」  私は呆れている風を装って、告げる。本当は、先生の大笑いしたい気持ちも良く判った。  先生は言葉にするのを諦めたらしく、一頻り大笑いしてから、はぁっと深呼吸も含めた呼吸をする。
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