さよなら、愛しき私の異形

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 彼はひとつ、息を吐いた。  私は持っていた日傘を傍らに置くと、彼の隣にしゃがみこんだ。そのまま、自分のハンカチで彼の額を押さえる。傷口を押さえて、血を止める。子供達の誰かが怪我をした時に、先生がおっしゃっていたのを思い出しながら。  ハンカチが血を吸い込んで赤く染まっていく。 「うわっ、あんた何やってるんだ!?」  彼は私の行動に、ひどく驚いたようで悲鳴に近い声でそう言った。 「え、一応止血を……」  何を聞いているのだ、この人は。そう思った私のこと、一体、誰が責められる? 人として、当たり前の行為だと思わない? 「別に、そんなのいいって……」 なのに彼は何故かそう言って、痛み以外の何かで顔を歪めると、私の手を振り払おうと右手を動かす。私は、慌ててその手を掴んだ。  普段出す以上の力で、けれどもゆっくりと、その手を下におろさせる。 「大人しくしていてください。大丈夫、悪いようにはしませんから。それより、動くと傷口が開いてしまいます」  冷静を装っていたけど、本当は私、泣きそうだった。これ以上傷口が開いたら、きっとこの人は死んでしまう。そう思ったから。  彼は、観念したのか何も言わなかった。 「……この近所に」  ぽつりと呟くと、彼の顔がこちらに向く。 「私の主治医の先生がいらっしゃいます。今からそこに行くつもりだったので、一緒に行きましょう」 そこまで言ってから、彼の様子を確認する。 「……あ、でも、その怪我じゃ動かない方がいいですし、動けませんよね。先生を呼んできますので、待っていてください。いいですか、絶対に動かないでくださいね」  必要以上に念を押して、私は立ち上がった。ハンカチはそのままで。  必要以上に念を押したのは、放っておいたら、この人は居なくなってしまうんじゃないかと思ったからだ。動けない怪我だろうとは思っていても、消えてしまいそうだった。
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