さよなら、愛しき私の異形

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「あ、待って」  慌てて呼び止める。 「どうした?」 「あの、お名前だけ、御伺いしてもいいですか?」  私はまだ、男性の名前を知らない。直ぐに此処から出て行くのかもしれないが、一晩、家に居る人の名前を知らない訳にもいくまい。 「え、何、俺の?」  男性が驚いたように、自分の顔を指差す。 「他に誰が居るんだよ」  つまらなさそうに隆二が呟いた。 「ええ。ご迷惑で無ければ。私は」 「茜ちゃんでしょ?」  名乗ろうとしたのを遮られる。嗚呼、そう言えば、この人はさっき、私の事を名前で呼んだ。 「隆二に聞いたよ」  男性は、そこで漸く、緩やかな笑みを見せた。 「俺は、神野京介。隆二の同族。出来るだけ早く出て行くから、今日は御免ね」  結局、しっかりとは眠れなかった。考える事が色々あったから。隆二の同族に出会う事があるなんて、考えても見なかった。  いつもの時間に起きると、小さく欠伸する。  寝起きに使っている部屋を出て、隆二の部屋の方を見ると、隆二が襖に寄りかかるようにして座っていた。 「隆二?」  近づきながら声をかけると、隆二はゆっくりとこちらを見た。 「お早う」 「お早う。ねえ、もしかして、一晩中そこに居たの?」 「ん、まあ。幾ら何でも怪我人をただ転がして置くのも気が引けたし、だからって一晩彼奴と同じ部屋に居るのも嫌だったし」  別に大丈夫だよ、と続ける。 「でも、寝てないんじゃ?」 「ぼーっとしてた」  それ、何かの答えになっているの? 「平気だって、本当に」 「……ならいいけど」  確かに、隆二ならば一日二日休まなかったところで問題はないのだろう。そうは思っても、心配にはなる。 「朝御飯、作るけど」 「あー、いいよ、俺等の分は別に」 「食べるよね、って念を押しに来たんだけど。なんで、そういうこと言うの?」  軽く頬をふくらませて言うと、隆二は呆れたように微笑んだ。 「悪かった、御免。作ってください」 「うん」  などと話していると、隆二の後ろの襖が開いた。 「わっ」  寄りかかっていた物が急に無くなり、隆二の体勢が僅かに崩れる。 「お前、開ける時は声かけろよな」  隆二が舌打ちする。 「部屋の前で、いちゃつかないでくれる?」  神野さんが、不愉快そうに目を細めて、立っていた。
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