さよなら、愛しき私の異形

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「話してただけだろうが」 「どこがだ」 「っていうか、泊めてもらった分際で偉そうだな」 「お前だって居候だろうが」 「あ、あの、お早う御座います」  なんだか無意味に睨み合う二人に慌てて声をかけると、 「お早う、茜ちゃん」  失礼ながら、胡散臭いぐらいの良い笑顔で応えてくれた。 「お怪我は?」 「平気平気」 「じゃあ、もう出てけよお前は」 「言われなくても。でも、折角、茜ちゃんが作ってくれるって言うんだから、朝御飯は御馳走になりたいかなー」 「……それが、御馳走になる人間の態度かよ」 「残念、人じゃないんだ」  ぽんぽん軽く交わされる会話に吃驚する。人じゃないとか、私では決して触れられないぐらい、繊細な事を、あの人はあっさりと口にする。それに、私と話している時よりも、隆二の口数の多い。なんだか嫉妬してしまう。  当たり前なのだけれども。私と、神野さんに見せる顔が、同じな訳、無いのだけれども。 「それじゃあ、御飯、作ってきますね」  そんな愚かな気持ちを押し隠して、小さく微笑むと、台所に向かった。  神野さんは、最初の印象と違い、よく喋る人だった。最初の隆二と同じように、もっと人を拒否するかと思ったのに。  いや、違う。隆二は露骨に無愛想にする事で人を拒絶していたけれども、神野さんは必要以上に喋り、戯ける事で、人との距離をとろうとしているのだ。  胡散臭いぐらいの笑顔を仮面に被って。  そう思ったのは、私だけでは無かったようだ。 「その気味悪い笑顔をやめたらどうだ」  神野さんの傷を確認しながら、先生が淡々と言った。  朝食を摂り、出て行く前に一度先生に挨拶して行くという、意外に律儀な神野さんに付き合い、三人で先生の所に来ていた。神野さんに付き合い、と言ったが、どちらにしろ私の定期診療だってある。
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