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「だったら」
「好きだからです」
私の言葉に、神野さんが顔をあげた。
「愛は理屈を超える物ですよ」
理屈では判っていても、理解していても、心がそのとおりに動くとは限らないのだから。
神野さんは驚いたように、私を見ていたが、やがて、
「……恥ずかしいこと言うねぇ」
揶揄するように言われたが、反して、神野さんの顔は柔らかく微笑んでいた。
「神野さんにも、いつか見つかるといいですね。大切な何かが」
祈っています、と続けると、
「そりゃまた、凄まじい呪いだな」
苦笑された。
確かに、痛みを伴う物だと判っていながら、この感情を勧めるのは呪いに近いのかもしれない。でも、それでもやはり、幸福には違いないのだから。
話の終わりを感じとったのか、先生が片付けの手を止めた。
「お前さんの怪我はもう大丈夫だ」
「あ、有難う御座います」
神野さんは、また胡散臭い笑顔を浮かべて、頭を下げた。
「だからその笑顔はやめろと」
「そうそう染み付いた習慣は変わらないって。今後、善処します」
どこか投げやりな言葉に、先生が苦笑した。
「いいけどな。気をつけろよ」
「はい」
「じゃあ、次は茜の診察だから、出て行け」
ほらほらと、犬でも追い払うかのように片手をふる。
神野さんは立ち上がると、私の方を見て、
「茜ちゃん、どっか、悪いの?」
「心臓が。生まれつき」
包み隠さず答えると、神野さんは僅かに顔を顰めた。
「それ、隆二は?」
「勿論、知っています」
立ち上がりながら、答える。
「知った時、あの人は出て行かなかった。出て行かれる覚悟、私にはあったのに、彼はそうしなかった。何故か判りますか?」
「愛、って言いたいんでしょう?」
私は笑って頷いた。
「まあ、なんでもいいけど。せいぜい気をつけて」
それじゃあね、と軽く片手をふって部屋を出て行く神野さんを呼び止めた。
「何?」
「こんなこと、私が言う事じゃないのかもしれませんが。……私が死んだら、あの人のこと宜しくお願いします」
頭を下げる。
沈黙。
「……言われなくても」
吐き捨てる様に神野さんが言った。彼がどんな顔をしたのか、私には判らなかった。彼が部屋を出て行くまで、顔を上げなかったから。でも、それでいいのだ。このお願いは、図々しいお願いだから。ただ、自分が安心する為だけに、言っておきたかった図々しいお願いだから。
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