さよなら、愛しき私の異形

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「……ああ」  隆二が、小さく呟いた。根負けしたように。  俯いたまま、畳みを見つめる隆二の額に、そっと唇で触れた。 「約束、だからね」  そのまま、貴方の頭をそっと抱え込む。抵抗はされなかった。 「……ああ」 「帰って来なさいよ。待っているから」 「……ああ」 「本当に、判っているの?」 「……判っては、いる」  余りに素直な貴方の言葉に、思わず苦笑する。約束は出来ないけれども、判ってはいる。どれだけ素直で、嘘がつけないのだ、貴方は。  そんな風に優しい癖にどこか捻曲がっている処や、不器用な処が好きなのだ。どうしようもなく愛しくなって、涙が零れ落ちそうになった。慌てて呼吸を整えてから、 「……ずっとずっと、待っているからね。ねぇ」  そっと、名前を呼んだ。 「草太」  貴方の本当の名前。  隆二の肩が、ぴくりと震えた。  初めて貴方の名前を聞いて以来、呼んだ事は無かった。貴方との最後に、呼ぼうとずっと決めていたのだ。 「待っているから……」  それは、私と貴方との、私と私との約束だから。
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