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貴方が出て行った家は、思っていたとおり、私には広過ぎた。
この家で、長い期間一人で過ごしていた事があるなんて、我ながら信じられない。
縁側に腰掛け、一人でぼーっと空を見ていると、
「茜?」
垣根の向こうから、先生の声がした。
「邪魔するぞ」
門からひょいっと、先生が入ってくる。
「……先生、どうなさったんですか?」
「いや、蜜柑を知り合いからもらってな。沢山あるから、二人にもあげようと思って」
なんでもないように言われた、二人、という言葉に、自然と涙が零れ落ちた。
「茜?」
先生が慌てたように近寄ると、私の隣に座る。
「すみません」
慌てて目元を押さえるものの、涙は止まらない。
覚悟していたけれども、こうなることは判っていたけれども、だからって、悲しくない訳ないのだ。
耐え切れず、両手で顔を覆う。先生は私の背中を撫でてくれながら、
「……彼奴は、出て行ったか?」
「……はい」
頷くと、また涙が溢れる。
「そうか……。ひとまず今は、泣いておけ」
優しい言葉に、一つ頷く。
先生の温かい手を背中に感じる。貴方のあの、冷たい手に触れる事はもう無いのだ。そう思うと、喉の奥がきゅっと詰まった。
しばらく先生の言葉に甘えて、泣かせてもらった。
少し落ち着くと、深呼吸する。
「大丈夫か?」
「……はい」
なんとか微笑む。
「あの人ってば、先生に挨拶もせずに出て行ったんですね。本当、駄目な人なんだから」
軽口を叩いてみせる。
「彼奴に社会常識なんぞ、期待してないよ」
先生も、それに乗ってくださった。
「私、あの人に約束したんです。ずっと待っているって」
それを聞いて、先生は渋い顔をなさった。
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