さよなら、愛しき私の異形

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「判っています。私が、そんなに長い間待って居られない、って事ぐらい」  今こうしていられるのだって、奇跡だと思っている。 「それでも、私は、あの人が帰ってくるのを待っています」 「……帰ってくると、思うのか?」 「いつになるかは判りませんが、あの人は絶対に帰ってきます」  微笑む。それだけは確信があった。本当に、いつになるか、何年後が、何十年後か、もしかしたら何百年後かもしれないけれども。 「あの人は、優しいから別れた私のこと、きっとずっと気にしてくれます。そんな必要全然ないのに、負い目に感じるかもしれない。でも、あの人は臆病だから、一人じゃきっと、帰ってくることが出来ないとも思います」 「それじゃあ、意味がないじゃないか」 「でも、あの人が永遠をずっと一人で居る訳ないですから」  優しいから。きっとまた、何か面倒に巻き込まれて、誰かと生活を供にすることがあるだろう。永遠は長いのだ。あと一回ぐらい、そういう事があっても、おかしくない。もしかしたら、あの人自身が、すすんで誰かとの生活を望むかもしれない。 「その時、あの人は絶対に帰って来てくれます」  先生はなんだか痛ましげな顔をした。私が無理難題を言っていると思われたのだろう。  それでも構わない。  他人がどう思っても構わない。相手が例え、先生であっても。  私さえ、理解していればいい。 「私はそれまで、あの人を待ち続けます」  それが、私と私との約束だから。  貴方が居なくなって、三日後、私の心臓は本当に動くのを止めた。  誰も居ない部屋の中、不穏当な動きをして、その役目を手放さそうとする私の欠陥品の心臓。本当に、今まで良く保ったと思う。  薄れ行く意識の中、貴方が居る間は保ってくれて良かったな、と思う。  きっと、ぎりぎり頑張ってくれていたのだろう。貴方が居る間は、無理をしても動かすぞ、と。何度も何度も言い聞かせてきたから、心臓も頑張ってくれたのだろう。  その事だけは、貴方が居る間は動き続けたことは、褒めてあげたいと思う。欠陥品だった、私の心臓のこと。  そうして、一条茜の生涯は幕を閉じた。
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