さよなら、愛しき私の異形

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「茜」  土手から彼をなんとか移した、先生の診療所で、先生が渋い顔をして呟いた。 「拾うのは頼むから猫だけにしておいてくれ」 「俺は猫以下かよ」  先生の言葉に返事をしたのは、診療台の上、包帯でぐるぐる巻きにされている彼だった。 「そんなこと言われても……。放っておけないじゃないですか」 「いや、確かに人助けは英断で、尊いことだが、しかし……」  先生が語尾を濁す。彼は何故かはん、と鼻で笑った。 「人助け、ね」 「何が面白いんだ、お前は」 「いや、別に。すごいな、あんた」  先生を相手にそんな乱暴な口をきける人は、この村には居なくて。私ははらはらしながらそのやり取りを見守っていた。 「おい、」  先生は、患者にするには到底思えない手つきで、彼の胸倉をつかむ。 「先生!」  悲鳴に近い声をあげた私には視線もくれず、先生は吐き出すように低く呟いた。 「お前は、一体、何なんだ?」  彼はにやり、と笑った。 「俺が一番知りたいね」  先生は顔を歪めると、彼を診察台に叩き付けるようにして、手を離す。 「先生! 怪我人に対してそれは……」  見ていられなくなって、私は先生と彼の間に割り込む。 「ぴーぴー騒いでんじゃねえよ」  助けに入ったつもりだったのに、何故か私には彼から乱暴な言葉が届く。 「放っておけばこんな怪我治る」 「治るわけないでしょう!」  自分の怪我なのに、あまりにあっさりした物言いに、私は思わず怒鳴っていた。 「耳元で騒ぐな、餓鬼が」  彼は五月蝿そうに右手を振ると、 「一度しか言わないからちゃんと聞けよ?  俺は人間じゃない。因って死なない。怪我しても放っておけば治る」  彼は当然のように、早口で言い放った。  私は言われている言葉が理解できずに、動きを止める。  間抜けな顔をしている私に、彼は唇を歪めてみせた。 「もう少し端的に言うならば、物の怪ということだ」  後ろで先生が舌打ちするのが聞こえた。 「とんだ拾いものだな、茜」  先生が小さく呟いた。
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