さよなら、愛しき私の異形

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 私は理解できずに、莫迦みたいに口をあけて、彼を凝視する。  彼は溜息をつくと、右手に巻かれていた包帯を外した。赤く染まったガーゼがひらりと床に落ちる。その下にある筈の、さっきまで血を流していた傷口は、何故か無くなっていた。 「判ったろう?」  彼は体を起こし、私の目を覗き込むと、聞き分けのない子どもに聞かせるような口調で呟いた。 「放っておけば、治るんだ」 「普通の」  先生が口を開くから、私は慌てて後ろを、先生の方を向いた。 「普通の人間だったら、死んでいてもおかしくない傷で、出血量だった」  先生がぼそりと呟く。 「そりゃぁ、驚くよな、先生。前に見つかった医者は、悲鳴をあげて卒倒したぜ?」  けらけらと彼は笑う。然し、急にぴたりと笑うのをやめると、真顔で私の顔を覗き込む。 「驚いたろ、嬢ちゃん。悪いな。先生も」  言いながら、足の包帯を外す。その包帯も、既に用をなしてなかった。 「先生が怖がらずに、適切に処置してくれたおかげで治りが早い。感謝する。二、三日は動けないと思っていたが、これならば明日にはなんとかなるだろう」  そこで私たちに向かって頭を下げた。 「一晩でいい、泊めてほしい」  そして、ゆっくりと顔を上げると、肩を竦めて唇を歪めた。 「勿論、こんな化け物にいつまで居いられては困るというならば、追い出してくれて構わないが」  沈黙。  先生が一歩踏み出してきた。私の頭を撫でるようにして、少し後ろに押す。かばってくれようとしているのだ、と思った。 「この子に聞いてくれ。あんたを助けたのはこの子だ」  そう言いながらも先生はもう一歩、私と彼の間に体をさしこんだ。  彼は私を見つめる。 「そうだな、嬢ちゃんに聞いてみないとな」  そう言って唇の片端だけをあげる。 「……茜」  私は少し躊躇して、小さく呟いた。 「私の名前は、嬢ちゃんではなく、茜、です」  彼は驚いたように少しだけ目を大きくして、すぐに小さく笑んだ。 「ああ、そうだな。さっき俺が聞いたんだった。茜色の、茜だな」 「あなたのお名前は?」  さりげなく、先生の手を横にどかす。先生は一度私の頭を軽く撫でて、悟ったかのように横にずれた。 「……。神山隆二」  彼は何か思案するように一度私から視線をそらせ、しかし、すぐにこちらを向いて答えた。
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